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2007年4月 8日 (日曜日)

マニフェストの意味について(私見)。

統一地方選挙ということで、投票に行ってきた。

今回の選挙は「マニフェスト選挙」などと言われているが(マニフェストを勘違いしている首長候補、議員候補も多いが)、このマニフェストについて、私なりに考えてみた。

マニフェストの意味って、「従来の日本の選挙公約とは異なり、何を(具体的施策あるいは目標)、いつまでに(期限)、どれくらい(数値)やるかということを明示することによって、選挙民と立候補者の委任関係を明確化したもの。つまり、公職選挙の候補者が当選後に実現しようとする政策を検証可能な形で示した公約集」と捉えることができる。

このマニフェストって、「絶対に実現しなくちゃいけないのか」と考えた時に、私は「必ずしも実現しなくてもいいんじゃないか」って思っている。

もちろんマニフェストを達成することは必要なことだけど、達成することだけが目的化してしまうと、達成可能な低い内容であったり、達成のためには使ってはいけない手段を使ってしまうなどに陥りかねない。

私はマニフェストは、最終的(4年後)な結果をはかるための「モノサシ」として使用することが大事だと思っている。

マニフェストで掲げている内容を、達成できても達成できなくても、一つのモノサシとして活用し、当初約束したモノサシと(4年後になって)、その結果(4年後の現実)がどう乖離しているかを見極めるために使用することが、マニフェストの意味にあるような気がする。

もちろん、達成できた理由、達成できなかった理由を明確にする「説明責任」は必要である。

あと、マニフェストの絶対達成にこだわってしまうと、そのマニフェストを提案した首長の下で働いている自治体職員は、仕事に価値を見出せないのではないか。

「マニフェストに書いてあるから」ということで、首長の言うとおりに働いていると、自治体職員が自ら創意工夫をこらして、下からボトムアップ的に施策や事業を提案することがなくなってしまうのではないだろうか。

つまり、自治体職員が住民の声を聞いて、そこから政策開発をして、施策や事業を提案しても、「それはマニフェストに書いてないから優先順位が低くなる。とりあえず、こっちのマニフェストに書いてあることを淡々としろ!」となってしまうのではないか。

そんなことを考えると、ガチガチのマニフェストはおもしろくなく、その組織のダイナミズムを失いかねない。緩やかなマニフェストがいいのではないだろうか。

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