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2009年7月 3日 (金曜日)

「地方分権」と唱える人たち。

「自治体職員が政策能力を高めるには自身の実践体験を文章にすることが重要です。政策決定と政策実行の過程で予測し実践したことを文章にするのです」(森啓(2003)『「協働」の思想と体系』公人の友社)

自治体職員が政策形成能力の身につけるのは、「とりあえず、何でもよいから文章を書く」ことが近道だと思っている。

人に何も考えずに文章を書くということはない。文章を書いている間は、何かしら考えているはずである。すなわち、「書く」=「考える」ということと、私は認識している。この「考える」(同意味で「書く」)という積み重ねが、自治体職員の政策形成能力の確立と向上につながっていくと思っている。

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最近、「地方分権」の議論が多い。たぶん、「しない」よりは「したほう」がよいと思うけど、地方分権することによって、何がメリットになるのか、いまいちよくわからない。

住民の視点に立てば、行政サービスの提供は、市区町村がしようと都道府県がしようと、そして国がしようと、どこが提供しても関係ないはずである。住民が望むのは、「必要な行政サービスが提供されること」だけである。

しかし、現状をみると、地方分権により、必要な行政サービスが切り捨てられる傾向がある。「地方分権により、独自の判断で、行政サービスができるようになった」というが、「独自の判断で、既存の行政サービスを切り捨てるようになった」というのが正しい表現だと思う(ちなみに、前者の言葉は、某有名首長の発言である)。

また、「地方分権!地方分権!」と叫んでいるのは、首長や学者である。はっきりいって、彼ら彼女らは、地方分権に伴い、事務作業が増加した自治体職員の現状を知らないのだと思う。首長や学者は、「1日自治体職員体験」をするべきである。

人口10万人以下の基礎自治体は、地方分権により、仕事(権限)がどんどん降りてきて、非常につらい状況である。仕事は増えているのに、仕事をする人員が削減されているので、かなりの負荷を背負っている。もちろん、このような自治体職員がすべてとは言わないが、このような現状が少なからずある。

この現状を目の当たりにしている私としては、安易に、首長や学者が言うように「地方分権!地方分権!」なんて言えなくなる。

繰り返すけど、行政サービスの提供者は、どこが主体になってもいいはずである。その視点で考えると、必ずしも、地方分権が絶対的によいとは言えなくなると思う。また、自治体職員の現状を知れば、「地方分権!」なんて、安易に唱えることもできなくなると思う。

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