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2010年4月10日 (土曜日)

地域コミュニティの可能性、その2。

ひきつづき、昨日の続きです。

[コーディネーターの質問] コミュニティをどうとらえていますか。

[私の見解]

○しばしば、コミュニティは、次の3つに類型される。①エリア型コミュニティである。これは町会・自治会など、地域の縁にむすびついたコミュニティである。②テーマ型コミュニティである。これはNPO活動など、何かしら共通の目的のもと、むすびついたコミュニティである。③IT(サイバー空間)型コミュニティである。これはwebの仮想社会(ITをとおして)をとおして、むすびついたコミュニティである。

○そして、私なりにコミュニティを定義すると、「人と人のつながり」に集約できると思われる。これは極めて当たり前の定義である。しかし、この「つながり」が希薄化している点に大きな問題がある。

○私の生活している地方自治体では、数年前、独居高齢者の餓死があった。この飽食の時代に餓死である。しばしば、こういうニュースが流れる。まさに、つながりのなくなりつつある時代を私たちは生きている。このつながりをつくることが大切である。そして、このつながりをつくる「仕組み」をつくることが、地方自治体の役割でもある。

○このつながりをつくりだせるならば、エリア型コミュニティであろうと、テーマ型コミュニティであろうと、IT型コミュニティであろうと、何でもよいと私は考えている。

○ちなみに、私は「淋しがり屋の個人主義」である。基本はほっといてもらいたいが、けど、ほっとかれすぎると淋しい。やっぱ、誰かとどこかでつながっていたのである。このような人たちが若い世代を中心に増えてきている気がする。

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という感じで、5分で話しました。

上記の「淋しがり屋の個人主義」という発言に対し、名和田先生がリチャード・セネット(Richard Sennett)を引用し、「淋しがり屋の個人主義のような人たちが公共世界をダメにしている」と言われてしまいました。これからは「淋しがり屋の全体主義」(?)でいきたいと思います・・・

というわけで、つづく。

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