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2012年10月25日 (木曜日)

無関心っていけないことなのか。

行政系の学会に行くと、必ず、「無関心はいけなくて、その無関心層をどう掘り起こしていくか」なんていう研究発表がある(そのほとんどが問題提起で終わりっており、具体的にどうやって無関心層を掘り起こしていけばいいのかが提示されていない)。

ところで、そもそも論として、「行政に無関心っていけないの?」というのがある。無関心がいけない理由を明確に指摘してくれる識者はいない。ほとんど・・・というか、すべてが「無関心は悪」という観点から、研究がスタートしている(行政自身も同じ傾向がある)。

無関心ってことは、ある意味、「不満がない」ってことでしょ。不満がないってことは、「100%ぢゃないけど、そこそこ満足している」ってことでしょ。ならば、無関心って、とてもいいことぢゃない???なんて思っています。

無関心層だって、不満が生じれば、関心を持つようになります。一例が、市町村合併です。ずっと、投票率の低かった自治体だって、市町村合併をするか否かの住民投票をしたりすると、ずっと無関心だった人が関心をもって、住民投票率が急上昇した事例は多々あります。

なので、無関心は、現状に対して大きな不満がないことと捉えることも可能なので、わざわざ関心を高めるようなことはしなくてよいのだと思います。

学会に行くと、必ず、「無関心層をどうするか」という研究発表があるので、ちょっとうんざりです。

あと、ついでに言うと、無関心層を掘り起こして、関心をもってもらうと、自治体の事業が増える可能性があります。そして事業が増えても、職員数は減少傾向にあるため、結果として、職員一人あたりの負担が増してしまいます。職員一人当たりの負担が増してしまうと、どうしても事業が薄くなってしまいます。そうなると、当初、期待したとおりの事業結果が得られないかもしれません。であるならば、無関心層は無関心でいてくれたほうが、確実に既存の事業を実施する意味でもよいのです。

学会などの大学の先生方(?)は、「無関心層を掘り起こせ」「もっと事業を実施しろ」などといいますが、それは言うだけ星人であり、自分たちが事業を実施しないからと思います。実際に、事業を実施したら、大変だって・・・(この辺が机上の学問なのだよなぁ・・・。これって言いすぎ?)。

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