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2014年11月22日 (土曜日)

浅い集合知と深い集合知。

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先日、「若者政策ワールドカフェ」のファシリテーターをしてきました。最近は、ワールドカフェが流行っています。ワールドカフェを端的に言うと、「カフェ」にいるような、リラックスした雰囲気のなか、①参加者が少人数に分かれたテーブルで自由に対話を行い、②ときどき他のテーブルとメンバーをシャッフルしながら話し合いを発展させていく手法になります。昨今のワールドカフェは、この2点を基本としつつ多方面に発展しつつあります(独自のワールドカフェが登場しています)。

  過去、何回か私はワールドカフェのファシリテーターを担当しました。おおむね良い結果が得られました。けど、物足りない点もありました。 ワールドカフェは集合知を創出していくことが一つの目的です。集合知とは「多くの人の知識が蓄積したもの。また、その膨大な知識を分析したり体系化したりして、活用できる形にまとめたもの」という意味があります。

実は集合知にも、浅い集合知と深い集合知があります。私が感じる物足りない点とは、浅い集合知になってしまったワールドカフェになります。 集合知が浅く、あるいは深くなる理由は明快です。それはワールドカフェ参加者のテーマに関する情報量の有無によります。参加者が情報をしっかり把握していれば、ワールドカフェによって導出された集合知は深くなります。一方で参加者が持つ情報が曖昧であれば、ワールドカフェによって得られる集合知は浅くなってしまいます。

そこで、今回実施した「若者政策ワールドカフェ」は、ワールドカフェを実施するにあたり、基本的な情報(データを含む)を参加者に対して紹介する機会を設けました。この点が大きな特徴です。特に注意したのは「事実」のみの紹介に終始した点です。当たり前ですが、主催者の「意見」は参加者に対してまったく提示しませんでした。

今回のテーマであった「若者が、住みたい/住み続けたいと思うさいたま市になるには?」と「若者の投票率を向上するには?」について、ワールドカフェの前に基本的な情報を提供したため、結果的に深い集合知が導出されました。

事前に情報を提示することに賛否両論があると思います。けど、私たちから遠いと感じられるテーマについては、ある程度、情報を事前に提供しておかないと、「ワールドカフェやってよかったよね」というやっただけの達成感で終わってしまいます。それはそれで意味はあるのですが、政策づくりという観点からはいけないと思います。

ワールドカフェの成果を政策づくりに活かしていくためには、参加者が、ある程度、テーマに関する情報を持っていることが前提と、最近は思っています。その意味では、今回の取り組みはよかったと実感しました。

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