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2019年5月

2019年5月18日 (土曜日)

相変わらずの日々です。

昨日は、「協働の輪をさらに広げるために」というテーマで講演してきました(写真は大八木市議からいただきました。ありがとうございました)。この前でも、別のテーマで違うところで講演しており、相変わらずドタバタの日々でした。


協働は、1980年代から言われているのですが、進んでいるのか、停滞しているのか、後退しているのか、さっぱりわかりません。再度、その必要性を確認する必要はあると思います。少なくとも、1970年代には協働という概念がない状態で、地域社会は成立していたわけですから、意外になくてもやっていけるかもしれません。

ちなみにコミュニティは1970年代からずっと議論されていて、いまの議論と1970年代の議論は、大差がありません。コミュニティも、協働も、なんとなく議論することが目的化しているように感じるので、このことは注意しないと思います(私にも当てはまりますが)。

最近も、咳がとまらず、その中での講演なので、やや疲れています。ちなみに、一昨日は、某自治体で研修講師があり、ずーっと話していました(本当はワークショップをいれたりして、私の話す時間を減らすのですが、先方の希望で終日、延々と話していましたので、腰が痛くなりました)。

来週も忙しくなりそうです。

 

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2019年5月 9日 (木曜日)

4時間。

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以前、宿泊したホテルの窓から見えた景色です。今月は、そんなにホテル暮らしはありません。

さて、先日時間がとれたので、まずはメールチェックをしました。11:00から15:00までかかりまして、とりあえず、返信しなくちゃいけないメールや、連絡しなくちゃいけないメールには、おおよそ対応できたはずです。「やりきった感」はありましたが、けど、アウトプットは何もないですよね。

ところで、先日、メモったことに「けいりょうかっぷ」があります。どんな意図をもって「けいりょうかっぷ」と書いたか分かりませんし、そもそも私は字がきれいではないので、もしかしたら「けいりょうかっぷ」を意図して書いたのではないかもしれません。自分の字が判別できないとは、だいぶ困ったものです。

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2019年5月 8日 (水曜日)

総合計画は網羅的にする。

春学期の講義は、火曜日が1時限、4時限、5時限となっています。2時限と3時限があいているので、この時間に、いろいろと意見交換しています(なお、火曜日だけ講義というわけではありません。念のため)。この時間を活用して、毎週、自治体や民間企業の方と研究室で意見交換しています(わざわざ来ていただくので、申し訳ないのですが・・・)。

最近は、なぜか総合計画についての意見交換が増えています。そういう季節に入ってきたのですね。私も、総計審の委員として、いくつか関わっています。

最近、意見交換した2市の担当者は、「総合計画をとがったものにしないといけないと思っているけど、どうですか?」という趣旨の質問でした。この質問に対して、私は「反対」しておきました。

総合計画は、計画の前に「総合」という2文字があるから、すべてを網羅しなくてはいけません。だって、すべての住民(自然人だけに限らず法人なども入る)が対象となるからです。すべてが網羅するため、とがることは不可能ですし、すべきではないと思います。総合計画をとがらせることは、それは何かを「切る」ことになります。そして、切られる対象は、往々にして弱者です。弱者を切ることは、住民の福祉の増進を目指す自治体では、あってはいけないことです。

総合計画は、網羅的に用意すべきです。そして、本来は、個別計画をとがらせるべきと私は考えています。すべてを網羅的に実施した上で、個別個別で優先順位をつけて対応するのです。優先順位をつけるというのが、とがらせるということです。ところが、その個別計画が網羅的なところが多いのが実情です。ここに問題があります。

私は、最近、シティプロモーションで売れているので、「牧瀬のところにいけば、きっと総合計画をとがらせろと言ってくれるだろう」と思っているかもしれませんが、私は総合計画は、誰も痛くないように丸くするべきと思っています(ちなみに、私はシティプロモーションは専門ではありません。最近は、何となくシティプロモーションや地域ブランディング、マーケティングの依頼が多くきますが・・・)。

ちなみに、「地方版総合戦略」も「総合」という言葉が入っているので、網羅的になっているのですよね。本来は、地域によって課題が異なり、ある地域は「地方版定住促進戦略」だったり、「地方版自然増戦略」だったりするのですが、「総合」という言葉が入ったため、あれもこれもという発想になり、成果がでずにいます。そもそも「総合」は「総合戦略」だけでよいのに、「地方版総合戦略」もできたので、わけがわからなくなっています。

そんなことを思いました。



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2019年5月 4日 (土曜日)

いただきました。

かなり前になりますが、いただきました。ありがとうございました。


皆さんからいただき物をもらって、生きているという感じです。感謝です。

ところで、昨年度末にシティプロモーション、公民連携というテーマでシンポジウムに参加しました。その様子がwebで公開されました。【こちら】にあります。ご一読いただけたら幸いです。

大型連休も、もう少しで終わりです(6日から講義があります)。もっと、いろいろとできたはずなのに、自分が想定していた半分くらいしかできてません。ただ、たまっていた仕事がほぼなくなったので、借金は返済できた感じです。

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2019年5月 3日 (金曜日)

先日、本棚をつくりました。

かなり資料が増えてきましたので、連休前に、本棚をつくりました。



本棚つくりに集中していまして、来客(横田さん)の電話にでれませんでした。失礼しました。今回は、比較的、満足でした。

ところで、連休中も、せっせと何かしら書いています。今回は、本当に、まとまった時間がとれるのでラッキーです。言い方に問題があるかもしれませんが、大学にいったら研究する時間(論文を書く時間)がとれると思いましたら、実は、ほとんどとれないという状況でした(私の要領が悪いのかもしれませんが・・・)。いろいろと改善を試みたのですが、大学では、研究以外のことが多く、「どうやって研究時間をとろうかな・・・」と思っていたところに、今回の大型連休だったのでラッキーです。

「家で研究しろよ」という声もありそうですが、ちょっとした事情から、家でもなかなか研究ができません。最近は、研究時間を確保しようと、家出することを真剣に考えています。結局は、私の研究時間は、新幹線での長距離移動中か、地方でのホテル暮らしで、せっせと書き込む毎日です。ちなみに、インプットは、毎日の通勤の電車の中で、せっせと文献にあたっています。通勤は片道100分なので、本を読むには、ちょうどよい時間です。

今日も、先ほど連載原稿を一つ書き終えました。まぁまぁ満足です。4000字程度なのですが、当初は8000字書き込み、そこから削る作業をしていました。下記は、削った文章の一部です。議会基本条例が860をこえ、自治基本条例が300弱ある。こういう基本条例が増えてくると、その先には・・・という感じで書いていましたが、こちらは字数の関係でカットしました。

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余談になるが、筆者は危惧していることがある。議会(議員)を規定する条例が「議会基本条例」になる。そして自治を規定した条例が「自治基本条例」である。この延長線上には、住民を規定した条例として「住民基本条例」がでてくるのではなかろうか。「私たちの自治体は、公明正大、明瞭活発の住民を求めています。そういう住民でない場合はペナルティを科します」なんていう住民基本条例がでてくる可能性がある。何でもかんでも条例化すればいいというわけではない。昨今は、「何でもかんでも条例化」という傾向が強いため気を付けなくてはいけないだろう。

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これから少し寝て、また机にむかって、研究をしようと思います。

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2019年5月 2日 (木曜日)

日経グローカルで連載をはじめました。

日経グローカル』で連載をはじめました。地方議会に関することです。統一地方選挙もおわったので、地方議員に資する内容で執筆していきたいと思います。

連休はどのようにお過ごしですか。

私は近場の観光施設に、ちょこちょこと行きつつ、基本は何かしら書きものをしています。

連休中に「貧困ポスドク」の記事が目に留まりました。私も、貧困ポスドクになる可能性があったので、つくづく私はラッキーだったなぁ・・・と思う連休です(ただ、私はまずは就職を決めることに注力しました。20年くらい前から、貧困ポスドクの話題はあったため、私はとれるかどうか分からない博士号より、生活の糧として就職を決めることを第一に考えました。シンクタンクに就職を決めた後に、同時に大学院に通い博士号を取得しました。博士号とれなくても、戻れる職場があったので、気分はラクでした)。

同記事のコメントを読むと、実務家教員への批判もあります。「実務家教員はしっかり論文を書け」という趣旨なんですが、まさに、そうだと思います。大学教員ですから、やはり論文を書かなくてはいけないと、私は思うわけです。ところが「実務家教員だから、実務に通じていればいい」と思っている方もいるようで(本学ではなく一般論です。「俺は実務家教員だ」という方と話すと、「実務家だから論文は必要ない」と言う人も少なからずいます)、論文がほとんど書かない方もいます(実務家として大学教員になってい方の中には、採用時にほとんど論文がない方もいます。そういう方を採用する大学にも問題があるような気もします)。私は、そういう考え(=実務家だから論文は書かなくていい)に否定的なので、私はせっせと論文を書いて、その論文で、少しでも社会に発展に貢献したいと考えています。

ちなみに、私は実務家教員なのか、研究者教員なのか、実は微妙です。私自身分かりません。一つの大学では、私は実務家教員のようですが、もう一つの大学では研究者教員になっているようです。民間、地方自治体、国の研究機関(要はシンクタンク)に所属してきたのですが、これって実務家なんですかね?あるいは研究者なんでしょうか?まぁ、どっちの教員でも、今は大学と言う研究機関に所属しているわけですから、せっせと論文を書いていこうと思います(私的には「量は質を凌駕する」と思っていますので、とにかく量にこだわり、日々、何かしら書いています。ので、こちらのブログが書けないのですが・・・)。

令和の時代も、日々、何かしら研究に取組み、少しでも知見が得られたのならば、論文としてまとめていきたいと思います。

 

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