2009年9月26日 (土曜日)

事例研究の視点。

「物事を伝える技術を上達させるためには、それとは逆に、物事をインプットすることが、まずは大切になるということです。」(山中秀樹『伝える技術50のヒント』ソフトバンク新書)

自治体が政策研究を実施する際、他自治体の事例を収集することになります。その事例研究には、いくつかの視点があります。

例えば、ベスト・プラクティスという視点から、事例を収集し研究することが考えられます。これは、よい見本となる自治体を探し出し、そのよい施策やよい事業を収集し、自分たちの自治体への移転可能性を検討するものです。この手法は、まぁまぁ、どの自治体の政策研究でも使われていますね。

次に、自分たちと規模や条件の近い自治体を抽出し、そこと比較検討する事例研究もあります。この事例収集からも得られる視点・知見は多々あります。

最近は、「2030年の・・・」とか「30年後の・・・」という感じで、自分たちの自治体の長期的な展望を検討する政策研究が実施されつつあります。

このような政策研究をする際は、自分たちの30年後の基礎的な数字をだして(人口とか高齢化率とか)、現在、その数字(30年後の自分たちの自治体の数字)に近い(現在の)自治体を選定し考察する、という事例研究もあります。

この手法は、まま使えますので、やってみてはどうでしょうか。

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2009年9月23日 (水曜日)

言葉の定義を明確にすること。

ある自治体のプロジェクト・チーム(以下「PT」という)に参加して、PTでのメンバーの意見交換の後、私がコメントした。

自治体における、このPTを定義すると、「ある行政課題を解決するための政策提案を目的として、市長が特に命じた事項について、複数の部門の職員から構成される会議形態の組織である」となるのかなぁ。。。

PTにおける皆さんのやりとりを聞いていて、まず、思ったことは、それぞれが抱く言葉の意味が異なっているということである。例えば、「高齢化」と言っても、それぞれがイメージする「高齢化」がバラバラのようである。

「高齢化」の定義の意思統一をしないうちに、今度は「超高齢化」なんて言葉がでてくる。その結果、議論の内容が、傍から見ていると、ますます、曖昧になってしまう・・・

PTにおいて、最終的に実践的な提案をするためには、具体的な議論をしなくてはいけない。そのためには、PTに参加するメンバーが抱く、キーワードの意思統一はしっかりしていなくてはいけない。

そんなことをコメントさせていただきました。

言葉の明確化は、論文を作成する時は、絶対に必要である(政策研究には、絶対に必要です)。一つひとつの言葉の定義を明確にしたから、議論を進めないと、宙に浮いた議論になり、「いまいち何が言いたいのかわからない」論文になってしまう。

言葉の定義を明確にすること!が今回のテーマでした。

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2009年5月25日 (月曜日)

懸賞論文などに入賞。

ここ数年、自治体の職員研修講師として呼ばれることが多くなっています。

「政策形成研修」「政策法務研修」「人事考課研修」などいろいろとあるのですが、最近、少しずつ増えているのが「文章の作成」とか「論文の作成」に関する研修講師です。

1日かそこらで、文章がうまくなったり、論理的な文章が書けるようになったりはしないと思うのですが、ある程度の効果は見込まれると思います。

ちょっと自慢ですが、昨年度末、数自治体で「文章作成」や「論文作成」の研修講師を担当しました。

実際に、課題を提示して、文章・論文を作成してもらうのですが、単に書いてもらうだけではおもしろくありません。

そこで、懸賞エッセイや懸賞論文をテーマとして、文章・論文を作成してもらいました。その後、何人かが、私の添削を受けて(研修後メールで数回のやりとり)応募したのですが、既に3名が入賞しています。

私の教え方(伝え方)が間違っていないと確信したのと、この私のテクニックの提供は再現性があると実感したのと、何よりも、入賞した方が喜んでいるのがよかったです。

というわけで、ちょっとだけ、自慢でした。

ちなみに、私は、もう数年くらい懸賞論文には応募していません。単に日々の業務に忙しくてかけてない・・・という言い訳です。

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2009年4月25日 (土曜日)

まずい論文の例。

ある人の某論文に対する指摘です。参考になると思うので、記しておきます。

・論文の根拠性(科学性)が弱い。エッセイ的な要素が多い。
・論文の構成がまずい。序論と結論がリンクしていない。
・論文の説得性がない。この点は科学性の脆弱さを意味している。
・文章が間接的な傾向がある(遠回りすぎる)。単刀直入に記述することが大事。
・「仮説を実証し結論を導出する」という論文の骨格が成立していない。

最近、思うことは、何度も、ここで記していますが(私を含めて)、大学院生の質の低下が著しいということです。「えっ?本当に大学院をでたの?」という論文に出会うことが多々あります。

ちなみに、上記の指摘を得るということは、私が思うには、論文を作成する量が圧倒的に少ないのだと思います。また、論文を書くためには、読書量も少ないと思われます。

ついでに言うと、読書は単に読めばいいのではありません(単に読んでもいい図書はありますが)。その図書を批判的に読んだり、何かしら知見を得るために行間を考えながら読んだり、何かしらの意図を持って読まなくてはいけません。

読書はしているが、質の低い論文をだす方(特に大学院生)の特徴を観察すると、「単に読んでいるだけ」であり、それは「文字を眺めているだけ」にすぎません。そういう方に限って、図書を集めることが目的化しており、集めた図書を自分の知的財産への変化させていないように思います。

ちなみに、私は論文を書く量は、そんじゃそこらの研究者(大学院生や大学教員を含む)には、負けていないと思います(粗製濫造にならないように気をつけていますが)。

そして、論文を書くために、読む図書の量も、まぁまぁ、それなりに読んでいると思います。一週間に数冊は図書を読んでいます(新書が多く、乱読ですが)。

最近は、どの大学も、博士号を大量にだしているので、博士にふさわしくない人も博士を持っていたりします(私への反省も込めて)。だから、博士を取得しても、なかなか就職できないという現状にも、納得します。

今年度も、多方面に調査研究して、多々、論文を作成していき、社会に問いたいと思います。

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2009年2月 6日 (金曜日)

文章は理解されてこそ意味がある。

私が文章を作成する際は、「中学生レベルで理解できること」をモットーに作成している(というか、私が中学生レベルという噂がある)。そして作成した文章は、かならずプリントアウトをして、数回は推敲している。

文章の表現について、新堀聰・日本大学大学院客員教授は、次のように述べている。

文章の表現は、やさしく誰にでも容易に理解できるものである必要がある(中略)。論文は、読む人を説得できるものでなければならないのであるから、他人が読んで理解できることが必要であり、無闇に難解な論文は、良い論文とはいえない。また、論文が生硬な表現で難解な場合、書いた本人が問題を良く理解していないこともあり得る。よく理解していないから、やさしく書けないのである。

まさに、新堀氏のいう通りだと思う。

また、野口悠紀雄・早稲田大学大学院教授は、事大主義や権威主義に依存する人々の特徴として、次のように記している。

簡単な内容をことさら難しく書く。一度読んだだけではわからないような複雑な構成の文章だ。内容の貧弱さを暴露させないためには、人を寄せ付けないことが必要であり、そのために難解さの壁を築くのである。それが嵩じて、難解こそ重要だと勘違いしているのだ(本当に優れた作品は、読者に理解してもらおうという迫力に満ちており、素直に頭に入る)。

私の博士論文は、中学生に理解できるように作成している。それが私の文章を作成する上でのポリシーであるからである。

というわけで、今度、某自治体で「論文作成講座」を開催するので、論文の書き方を、ここでまとめていこうと思っている。

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2008年6月 6日 (金曜日)

目次のつくり方について。

何の脈絡もなく、作成している「論文作成講座」ですが・・・今回は、目次の作成について言及したいと思います(報告書の目次と論文の目次は、若干、異なるけど、一緒にして考えます)。

とりあえず、目次を検討する前に、確認しておきたいことは、「あまり深く考えない」ということです。シンプルに作成することが大事です。

あとは、既存の報告書や論文などから、「模倣する」ことも大事です。いくつか模倣し、そこから、自分なりの目次を創っていけばよいと思います。

例えば、ヤフーで、「報告書●目次」で検索すると(「●」はスペース)、いくつか報告書がひっかかってきます。

こここれに、こんなのがあります。こういう目次を参考にし、目次を作成していけば、よいです。

ところで、以前、こちらで「テーマは詳しく設定すること」という内容で、お話しました。そこでは、一つの事例として、次のテーマを記しました。それは「わが国における携帯の展望と今日的意義に関する研究」です。

このテーマの目次を考えると、

1 はじめに

2 携帯の展望

3 携帯の今日的意義

4 おわりに

となります。極めてシンプルでしょ。「そんなものでいいのか?」という声が聞こえてきそうですが、「そんなものでいい」と私は思っています。

報告書や論文は、読まれないと意味がないので、「読みたくなるよう」に、簡素に作成することが大事です。

で、上記したのは、「章」ですから、今度は「節」や「項」を考えていきます。

例えば、「1 はじめに」に関して言うと、

1.1 本研究の背景

1.2 本件級の目的(なお、この目的は「4 おわりに」と関係性を持つ)

1.3 本研究の手法

1.4 本研究の概要

などと、「節」をつくっていくのです。ちなみに、この節は、他の報告書や論文を参考にして組み立てていくとよいです。

・・・どうでしょうか。何となく理解できましたか?

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2008年5月27日 (火曜日)

意味段落と形式段落について。

段落には①意味段落、②形式段落、があります。

①意味段落とは、意味の区切りによって分けられた段落のことです。一方、②の形式段落とは、ただ単に視覚的に区切る段落のことである。

私は、1,000字以内の小論文は、意味段落を採用したほうがよいと思っています。

1,000字以上の論文は、意味段落と形式段落を活用していくことになります。が、形式段落が中心にしたほうがよいと思っています。

私が論文を作成する時、書式は、A4用紙で、40字×40行で作成しています。

その場合、意図的に、4行~6行の間で、段落を設けるようにしています。つまり、形式段落を採用しているのです。

このほうが見栄えがよく、何となく、論文として流れていくような印象を持ちます。

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2008年5月21日 (水曜日)

短い文章を「接続詞」でつなぐ。

前回、「一文は短くすること」を指摘しました。

で、その短い文章を「接続詞」でつないでいくのが、今回のポイントです。

というわけで、接続詞について、下記で説明します。これらの接続詞は覚えていたほうがいいと思いますよ。

○原因・結果を示す:だから したがって それゆえ なぜなら 換言すれば

○重複説明をする:つまり たとえば すなわち

○話題の転換:さて ところで 次に

○補足説明:また なお それに さらに その上

○順接の関係:そして それから

○逆説の関係:だが しかし けれども

○対等の関係・並列の関係:また および ならびに あるいは もしくは または これに対して むしろ

○添加の関係・補足の関係:ただし なお さらに その上

○比喩の関係・例示の関係:たとえば いわば

---★☆★---

どうでしょう?

この接続詞を増やしておくことが、いい文章(流れるような文章)になっていきますよhappy01

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2008年5月19日 (月曜日)

一文は100字以内とする。

一文は、できるだけ短くすることを心がける。

そうすることが、とでも読みやすい・理解しやすい文章(論文)につながります。

自治体職員の文章って、一文が長いのが多いです。その結果、主語-述語の関係が不明瞭で、何を言っているのかさっぱりわかりません。まぁ、そうすることで、責任回避を志向しているのだと、私は理解していますが・・・

条例なんかが悪い文章です。とにかく一文が長い。

条例の一文が長いのは、それなりに理由があって、長くすることで(曖昧にして)、抽象度を持たしていると考えられます。けど、あまり、いい文章ではないなぁ・・・

私は、A4用紙の場合は、40字×40行に設定して、文章を作成しています。

そして、一文は3行にならないように、一文は2行以内で終わるように注意しながら、文章を作成しています。

なので、比較的、多くの人に「M研究員の文章は理解しやすい」と言われます。

ただ一人、某氏からは、「M研究員の文章は、何を書いているか、まったくわからない」と言われたことがあります(けど、その某氏の文章は、「日本語をなしてない」と言うのが、周りの評価なので、ほとんど気にしていません。。。)。

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2008年5月11日 (日曜日)

「・・・が」に気をつけること。

思いつくままに、作成している「論文作成講座」です。

今回は「・・・が」に気をつける、ということを述べたいと思います。

こんな文章があります。

①私は元気だ、母も元気である。

②私は元気だ、父は元気ではない。

この「・・・が」って、微妙なのです。何が微妙って、この「・・・が」は順接にも逆接にも、使えてしまうから、微妙なのです。

この「・・・が」が多用されている文章が意外に多く存在します。その結果、文章が不明確・不明瞭になってしまいます。

そうならないために、上記の文章は、次のように明確に書きましょう。

①私は元気だ。そして、母も元気である。

②私は元気だ。しかし、父は元気ではない。

つまり、「・・・が」を排除し、順接or逆説の接続詞を明確に使うことにより、文章をクリアにしましょう、ということです。

これを読んでいる皆さんも、自分の文章(論文)を読んで「・・・が」を数えてみてください。意外に多くあると思いますよ。

というわけで、また続く。

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2008年5月 6日 (火曜日)

テーマは詳しく設定すること。その2。

この前の続きです。

「具体的に設定しろと言われても、わからない・・・」と言われそうです。このことに対して、冷たく言い放つと、それは論点が絞れていないからです。あるいは、それほど重要なテーマではないかもしれません。

もう一度、原点にもどり、「なぜ、自分は、このテーマに関心を持ったのか」「関心を持ったと言うことは(きっと)何かしらの課題が生じているはずである。その課題は何か?」をとことんまで、深くつっこくで考える必要があります。

この作業は、大変ですが、頑張って下さい(適度に)。

テーマが明確になれば、論文(報告書)の6割は終わったようなものです。これは言い過ぎではなく、少なくとも、私は、そう思っています。

けど、依然として「具体的に設定しろと言われても、わからない・・・」と言われそうです。なので、もっと楽に考えましょ。肩の力をぬきましょ。

下の言葉は、論文のテーマから抜き出したものです。

・・・の変遷

・・・の機能

・・・の視点

・・・の課題

・・・における総合性

・・・の実践

・・・の試み

・・・の適用

・・・との結合

・・・の問題点

・・・の展望

・・・の今日的意義

例えば、私が、何となく携帯に漠然と関心を持っているとします。そして、この携帯を論文のテーマとして取り上げたいと考えています。けど、「何で関心を持ったのか」や「どうして取り上げたいのか」という動機が、いまいちわからないとします。

その時、上記で挙げた言葉を使って考えてみます。例えば、

私は、携帯の変遷を取り上げたいのか・・・違うな。

ならば、実は、私は携帯の機能を取り上げたいと思ったのか・・・これも違う気がする。

そんなふうに、一つずつ考えていくのです。すると、何かしら、心にひっかかるものがでてくるものです。

そうか!私は携帯の展望今日的意義を考えたかったのか!じゃ、論文のテーマは「わが国における携帯の展望と今日的意義に関する研究」としよう!となります。

まぁ、このテクニックは、意外と使えるので(私の体験から得たこと)、騙されたと思って、テーマが絞り切れてない人は使ってみて下さい。

その前に、上記で挙げた、論文のテーマ(・・・の取組みや・・・の現状など)のレパートリーは沢山ふやして、ストックしておいたほうがいいですよ♪

と言うわけで、また続く。

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2008年5月 2日 (金曜日)

テーマは詳しく設定すること。

論文作成講座を「書く」「書く」と言って、何もしてきませんでした。。。

新年度もはじまりましたので、どれだけ続くかわかりませんが、とりあえず、書いていくことにします。

何も脈絡はなく、思ったことを書いていきます。

記念すべき、第1回目は「テーマ設定」についてです。

人それぞれと思うが、私はテーマ設定は具体的に書いたほうがよいと思っている。

皆さんが本屋に行って、本を購入するとき、背表紙にある書名をみて、「買うか」「買わないか」を決めると思う(手にとると思う)。この時、書名が極めて抽象的だったら、あまり関心を持たないのではなかろうか。

抽象的というのは、「・・・について」とかである。まぁ、エッセイだったら、抽象的でもいいかもしれないけど、(学術)論文や(調査研究の)報告書の場合は、具体的に記したほうがよいと思うし、そのほうが読者に対して失礼ではないと思っている。

例えば、「21世紀の地方自治体のあり方について」だと、極めて抽象的である。「あり方について」だと、この論文は何を言おうとしているのかわからない。「あり方」の「何なんだ」ということである。

例えば、「21世紀における地方自治体のあり方に関する今日的議論と将来像について」と書くと、とりあえず「21世紀の地方自治体のあり方」に関する「最近の議論」と「筆者の考える将来像」について言及(考察)しているのだな!ということが読者にはわかる。

さらに、最後に「・・・の研究」と入れると、すごく立派な論文ぽく思える。つまり「21世紀における地方自治体のあり方に関する今日的議論と将来像の研究」である。

こういう感じで、テーマは極力具体的に書いた方がよい。

あるいは、主題は漠然とし、副題で具体的に記述したり、その逆も可と思うけど、何れにしろ、どっちかでは具体的に書くことが大切と思っている。

さらに言えば、具体的に書く際のポイントとしては、「この研究は何を扱うのか」「どのような仮説をたて立証していくのか」をテーマに書き込むとGOODgoodである。

というわけで、次回に続く。

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2007年1月 8日 (月曜日)

今年こそは・・・

今年は、2年前に「なんちゃって研究員の日記」というブログで連載していた「論文作成講座」を再びはじめたいと思っている。

2年前は、体系的に書いてなかったので、今回は、ちゃっんと目次をつくってから、体系的に書きたいと思っている。

コンテンツは多々あるのだけどね・・・なかなか、はじめられない。

◆ご報告ですが、昨年末に、この懸賞論文に入賞しました。それは「サーチナ論文大賞2006」です。ラッキーでした。

表彰式に参加しようと思いましたら、当日は、健康診断でした。参加できそうにないのです。すみません(主催者には連絡済み)。

健康診断は苦手です。採血検査は、私を貧血に誘うのです。毎年、私は貧血になります。

しかも、採血検査のタメ、朝から緊張しており、ずっと心臓がドクンドクンいっています。すると、採血検査の前にある血圧検査で、必ず、ひっかかってしまうのです。

血圧検査をしてくれる看護師さんが、「そんなに緊張しなくていいから、深呼吸して、落ちつきましょうね」と言われれば言われるほど、緊張し、ますます血圧は高くなると言う「血圧上昇スパイラル」にはまってしまいます。

そんなことを考えると、すでに、今から健康診断は憂鬱です。

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2006年6月28日 (水曜日)

そろそろ気合を入れて・・・。

論文作成講座を、書き始めようと思っています。

コンテンツはあるのです。

昨年、バラバラと書いていましたので。

来週中には、何とか・・・

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