2017年7月 9日 (日曜日)

地方創生について思うこと。

17053

ちょっと前になりますが、いただきました。ありがとうございました。感謝感謝。

このブログで、吐血記念日を書きましたら、吐血に関する情報を多々いただくことができました。やはり情報は公開するものと実感しました。ちなみに、昨日、定期検査に行ってきました。その検査結果が分かるのは、3週間後です(29日に病院に行くのですが、それまで17日以外は何かしら仕事があり、基本は横浜にいつつ、全国を徘徊します)。

今年度に入ってから、高校生のヒアリングを受ける機会も増えてきました。そういう年頃になったのだと実感しています。私が高校生の頃は、「大学の先生に話を聞きに行く」なんて、まったく思いもしなかったのに、最近の高校生は、そういう発想があるで、すごいと思います。その高校生とのやり取りを書いていきます。

【質問】地方創生の現状について教えてください。

最初に「地方創生」の意味を考えます。地方創生が開始されてから、国の考える地方創生は「まち・ひと・しごと創生法」に明記されています。同法第1条に地方創生の狙いが記されています。一文が379字もあるため、条文だけでは曖昧感が拭えません。

同法第1条を分解すると、地方創生は、①少子高齢化の進展に的確に対応し、②人口の減少に歯止めをかける、③東京圏への人口の過度の集中を是正し、④それぞれの地域で住みよい環境を確保して、⑤将来にわたって活力ある日本社会を維持し、⑥国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成、⑦地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保、⑦地域における魅力ある多様な就業の機会の創出、を目指していると理解できます。

次に国の地方創生を担当する組織名から考えます。地方創生を担当しているのは「まち・ひと・しごと創生本部」になります。同本部の英語表記は「Headquarters for Overcoming Population Decline and Vitalizing Local Economy in Japan」です。最初の「Headquarters」は本部という意味です。そして「Overcoming Population Decline」は「(日本の)人口減少を克服する」と訳すことができます。後半の「Vitalizing Local Economy」は「(日本の)地域経済に生命を与える」と捉えられます。意訳すると「地域経済を活性化する」になります。つまり、国が意図している地方創生とは、「人口減少の克服」と「地域経済の活性化」の2点と限定することもできそうです。

実際、国の地方創生に関連する交付金などの補助メニューをみると、「人口減少の克服」と「地域経済の活性化」の観点から出てきている傾向があります。 

その「人口減少の克服」と「地域経済の活性化」は達成されているのでしょうか。結論から言うと「全体的には所期の目的のとおりに進んでいない。個別事例を確認すると成功している地方自治体もある」になります。 日本全体という様々なマクロの指標にあたると、現時点では、地方創生は必ずしも成功していません。だからと言って、地方創生が失敗していると決めつけるのは、まだ早いと思います(以下、気が向いた日につづく)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 7日 (金曜日)

自治体職員の自主勉強会。

170627_001

170627_002

戸田市は勤務時間後に、庁内自主勉強会を開催しています。勤務時間後ですので、残業手当はつきません。自主的に市職員が参加してます。私は、この自主勉強会(通称「戸田ゼミ」)のなんちゃってコーディネーターをしています。

前回は、テレビも取材にきていました。参加者の多い少ないはありますが、戸田市の一つのブランドになりつつあります。また、自主勉強会を巣立った職員も多く、戸田市の政策力の確立と向上に寄与していると思います。

勤務時間後の自主勉強会のメリットやデメリットはありますが、トータルとしてみると、メリットが多いと思います。なので、10年近くも続いているのだと思います(10年以上かもしれません)。

このような自主勉強会が、他の自治体でも増えていくといいなぁと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年7月 6日 (木曜日)

首長なんてどうでもいい。要は自治体職員です。

17052

ホテルの窓からではなく、講演会場の窓からになります。かなり久しぶりに講演してきました(今年度は講演は研修講師などは、断ることが多くなっています)。

ところで、最近も首長からお声かけいただいたりするのですが、私の視点は「首長はあまり関心がない」です。首長の顔をみた政策づくりは絶対にしません。

私の視点は「自治体職員に貢献する政策づくり」です。自治体職員に貢献することが、結果として、行政サービスの質的向上につながると思っています。そして行政サービスの質的向上が、ひいては住民の福祉の増進につながると確信しています。

首長は4年後にはいないかもしれません。けど、自治体職員はずっといるのです。その自治体職員がいきいきと仕事をしていけば、最終的には絶対に住民の福祉の増進につなかるわけです。そうすれば、住民の一人である私の生活もよくなっていくと思いますし、私の福祉も増進するはずです。そう考えると、自治体職員の存在は、すごく大きいのです。

なので、私はのスタンスは首長の顔は見ることなく、自治体職員の顔をみて仕事をしています。私にとっては自治体職員が一番なので、首長に苦言も言いますし、うるさい住民には(本当はイヤなのですが)しっかり対応していきます。過去「なんで、審議会委員の私が対応しなくちゃいけないんだ?」と矛盾も抱えながら、うるさい住民にも対応してきました(その積み重ねが吐血かもしれません)。

ただ、最近思うことは、こっちは一生懸命に自治体職員を見て仕事をしているのに、その自治体職員は、暖簾に腕押し状態と言うか、まったく反応を示さないのです。反応がなければ、当然、成果もあらわれません。たぶん、こういう状態が私にはストレスなんだと、最近、吐血した思ったところです。

そういう自治体職員は、無視して仕事をするのは簡単ですが、それでは私の存在意義がなくなるので、もう少し頑張ろうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 5日 (水曜日)

地方自治体の地域(政策)づくりにおけるコーディネーターの意味と役割。

月刊ガバナンスの今月号に「地方自治体の地域(政策)づくりにおけるコーディネーターの意味と役割」というテーマで寄稿しました。

今回は、さっそく数人からコメントをいただきました。今まで以上に読者(特に若手)を意識したのがよかったかもしれません。

寄稿の機会があれば、積極的に執筆していきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月22日 (木曜日)

否定だけなら誰でもできるよね。

17031
かなり前になりますが、いただきました。ありがとうございました。いつも気にかけていただきまして、ありがとうこざいました。今年度も、今のところ、順調に進んでいますから、ご安心ください。

ところで、私が関わっている自治体の政策展開を「否定」する記事がありました。その関わっている自治体から「こんな記事ありますけど、自分たちのことですよね」と話がありました。その政策を否定した執筆者は研究者です。たまに、こういう否定する記事を目にします(当該自治体職員は、悲しんではないと思いますが、元気がなかったです)。

否定するのは別にいいんですが、否定するならば、代替案を示してほしいと思うわけです。さらに、その代替案を実際に実施してもらいたいわけです。そして実際に実施したら、その成果を明確に示してほしいのです。そういうことをしないで、安易に否定するのは、おかしいと思うのです。否定するだけならば、誰でもできます。

その否定された政策は半年以上、何度も打合せを行い検討してきたものになります。そして、実際に何度が実施しました。実施した後、不備が見つかったため、その都度、改善してきています。そのため、明確ないい成果(定量的かつ定性的)もでてきています。結構、苦労してつくってきた政策なのです。そういう背景があるからこそ、そのため、視察も多くなってきています。

いずれにしろ、担当者はかなり苦労して、その政策をつくりあげてきています。つくっただけではなく、実際に主体的になって運用もしています。そういう目に見えない努力も知らずに、「その政策はよくない」というのは、バカの机上の学問です。バカは言いすぎました、ほとんど使えない、その人の独り善がりの机上の学問と言えるでしょう。以前として、一定数のこういう研究者(もどき)がいるから困ります。

と、書きつつも、その否定された政策は、現時点では成果を上げていますが、数年後はダメになっているかもしれないのです。けど、そうならないように、常にブラッシュアップしているところです。

と言うわけで、「否定だけなら誰でもできるよね」と言ってみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月18日 (日曜日)

暴走する担当課とマネジメントできない企画課。

170614
170615

先日、藤井寺市に行ってきました。上は古墳のみにミニチュアでして、下は実際の古墳です。藤井寺市は古市古墳群で世界遺産を目指しているとのことです。詳しくは【こちら】にあります。ご対応くださった、副市長、政策企画部長をはじめ皆様に感謝申し上げます。

話は変わりますが、(下記は某自治体のことを書きますが、藤井寺市ではありません)ある自治体は、客観的に判断すると(この客観は私の見解なので、実は客観的じゃないかもしれないです)、現実は厳しいのです。様々なデータをみると、年ごとに悪くなっています。

ところが、一部の職員(と思いたいのですが)は、「自分たちはすごいんだ」と思う感じがあるのです(その心意気は大切と思います)。けど、客観性を押さえた主観ではなく、何も裏付けのない主観なのです(と私は思っています)。

なので、いろんな事業展開をしていても、ことごとく失敗しているのです(当事者は失敗と思っていないと考えますが、私から見ると失敗です。失敗を失敗と認識することで、次への展開が成功に乗っていきます)。この点は、その某自治体に行くたびに、ちょこちょこと指摘しているのですが、なかなか気が付いてくれません(敢えて目をつむっている?)。

基本的に、その某自治体は統一性がないのが難点です。つまりどこを目指して進んでいるのがが私には分かりませんし、たぶん職員一人ひとりも分かっていないと思います。ただし、この傾向をよく言うと、一部の担当課や職員が元気と言うことです(元気なのはいいんですが、連続して失敗しているのはどうもねぇ・・・と思いますが)。
 
上記の傾向を悪く言うと、一部の担当課や担当者が暴走しており、企画部門が機能してないということが言えます(まぁ、元気のある職員がいるだけ、他の多くの自治体よりましとも言えますが)。要は企画部門として、自治体が向かうべき方向性を提示できないと言えますし、向かうべき方向性が明確じゃないので、各部門をマネジメントできていない状況があるのです。

この点をどうやって、(先方のプライドを傷つけないで)伝えるかが、いつも悩んでいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月12日 (月曜日)

自治体には、そういう能力がないので、私たちが入っているんだ。

17032
こちらも、ちょっと前になりますが、いただきました。ありがとうございます。感謝感謝です。既に食べてしまいました。

話は変わりますが、先日は、某シンクタンクの研究員が「自治体には、そういう能力(注1)がないので、私たちが入っているんだ」(趣旨)という発言を間接的に聞きました。そういう能力とは、調査研究であったり、ファシリテーションであったり、政策づくりの前提となる能力です。

確かに、そういう自治体もあるかもしれません。けど、少なくとも、私の関わった(関わってきた)自治体の多くは、極めて優秀であり、そういう能力は十分にあります。正直、私なんかより、ぜんぜん優秀でして、なので私は数年でお払い箱になるのです。

この「自治体には、そういう能力がないので、私たちが入っているんだ」(趣旨)の発言を直接的に聞いたわけではないので、どのような背景や意図があって発言したのか分かりませんが、この発言だけだと、上から目線で、自治体と一緒に働く私としては「なんかイヤだなぁ」と思いました。

自治体は、その辺の博士号取得者(私を含む)よりも優秀ですし、その辺の民間シンクタンク研究員(昨年度の私を含む)よりも、大学教員(私を含む)よりも、ぜんぜん能力は高いです。もちろん自治体職員の全員がそうだとは言いませんが、企画部門に配置になる職員はおしなべて優秀です。ただ、全体的に言えることは、その能力を活用しないという点があるかもしれません(活用できないのかも)。

けど、本当に優秀ですから、その辺のシンクタンカーに負けないように、政策づくりに頑張ってほしいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月11日 (日曜日)

結果的住民と積極的住民。

170522

ちょっと前になりますが、三芳町の日本農業遺産を視察に伺いました。町長をはじめ担当課の皆様、関係課の皆様には、大変にお世話になりました、感謝申し上げます。特に担当課の皆様には、事前の連絡調整や当日のご案内など、多々お世話になりました。ありがとうございました。

都市間競争を「住民獲得競争」と定義づけるならば、いかに結果的住民から積極的住民を増やすかがポイントになります。これは私の造語です。

言葉の定義は、まだ暫定的ですが、こんなふうに考えています。結果的住民とは「その自治体に「住もう」と決めたのではなく(決めているのではなく)、たまたま結果的にその自治体に住んでいる(住んだ)住民」のことです。一方で積極的住民とは「その自治体に「住みたい」や「住み続けたい」と決めており、意識的にその自治体に移ってくる住民(住み続けている住民)」になります。

私の関わっている自治体は、(当初は)結果的住民が多くいました。独自に実施したアンケートの結果などを確認すると、「その自治体に住みたい」ではなく、その自治体の含む「その辺に住みたい」という意向が意外に強く、その辺で住む家を探したら、結果的にその自治体になったというパターンです。こういう結果的住民は、ちょっとした理由で、転出していきますし、自治体内の様々な協働活動には熱心ではありません。

ところが、しっかりと政策展開を進めていけば、すぐにとはいきませんが、ある程度の年数をかけると積極的住民が増えていきます。こちらも独自のアンケートの結果をみると、明らかに、「その自治体に住みたい」という意思を持って引っ越してきます。そして、そういう積極的住民は、自らその自治体(地域)を創り上げていくという意向もあり、様々な協働活動に参画する傾向が、ままあります。

今後は、結果的住民と積極的住民は、重要なキーワードになると思います。なお、当初は結果的住民だったけど、その自治体に引っ越してきて、様々なな理由から積極的住民に変わることもあります。これも政策展開で、ある程度は可能と思います(私の経験から)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月 8日 (木曜日)

なかなか事業が廃止できないようです。

17051

先日、宿泊したホテルです。ちょっと地方に行きまして、飲んじゃって、最終電車でも自宅に帰れなかったので、大学近郊のホテルに宿泊しました。今年度は、こういうことも増えそうです。

今日は、久しぶりに東京方面に行きました。電車で座っていると、前に立っていた方が体調悪かったので、席を譲りましたら、通勤ラッシュに慣れていない私は、想定以上のぎゅうぎゅう詰めで、私までも体調が悪くなり大変でした。次回、席を譲ることがありましたら、この点は注意しようと思います(ちなみに途中で電車を降りて、急行から各駅停車に乗り換えることで、通勤ラッシュを少しは緩和しました)。

ところで、自治体の政策を考える時に、気になることは、「その政策って、住民が望んでいるものか」ということです。厳密に言うと、「その政策って、過半数の住民が臨んでいるものか」になるかもしれません。その政策って、住民ニーズはあるのでしょうか。ニーズ(Needs)とは、住民が求めているものてす。民間的に言うと需要です。

行政評価に関する資料を熟読すると、住民が望んでいないのに、事業を実施している実態があるような気がします。そういう事業は廃止するべきでしょう。でなければ、どんどん事業(仕事)が増えて、職員が大変なことになります。そして職員が大量の事業に押しつぶされてしまうと、結果として、住民の福祉は増進されなくなります。

最近は、施策や事業レベルで住民ニーズを測る自治体もでてきています。ただし、その場合でも、事業がなかなか廃止できないようです。アンケートの問に「その事業は必要と思いますか」に対し、こんな見解があったりします。それは「必要という回答が12%あるから、今後も実施する(あるいは拡充する)」です。けど、これは基本「廃止」でよいと思います。

一方で、こんな見解もあります。それは「15%ほど必要ないって言ってるけど、周知がたりないんだよね。たから、今後は拡充する方向で、かつしっかり周知しよう」です。けど、これも基本「廃止」でしょう。

いずれにしろ、自治体にとって事業を廃止するということは「自己否定」につながると思っているようで、なかなか廃止できない現状があるようです。だけど、事業を廃止しなくては、ずっと増加していくわけですから、職員数が減少していく今日においては、持続性はありません。もっと、事業と言うか政策を廃止していく必要はあると考えています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月 6日 (火曜日)

行政評価の委員が増えてきました。

17050

ちょっと前になりますが、いただきました。ありがとうございました。相変わらず、私はドタバタしていますが、夏休みまでにはご挨拶に伺いたいとは思っています。

ところで、ここ数年は、行政評価関係の委員をすることが多くなりました。5,6年前も、あっちこっちの自治体で行政評価の委員をしまして、いろいろとあって、この委員は避けていたのですが、今回、また委員をすることが増えてきました(何となく断れずに委員という感じです。けど、どうせやるなら、新しいモデルをつくる気概でやりたいと思っています)。

ちなみに、行政評価の委員を避ける理由と言うのは、極めて簡単でして「作業量が多い」からです。行政評価って、その委員会に行けば終わりというわけではありません。家などでもしっかりと見なくてはいけないのです。これが、真面目にやると、結構、負担になります。しかし、しっかり見て言うべきことは言っても、なかなか改善されたという実感がわきません。なので、しばらくは避けていました。が、ここ数年、また行政評価の委員をする機会が増えつつあります。


何となくオ思うことですが、しばしば行政評価制度って、どの自治体も数年ごとに変更する傾向があるような気がします。 この理由は、たぶん、行政評価の目的が、時代(時期)により異なるからと思います。例えば、ある時は、事業の取捨選択(事業の削減)が目的の行政評価であった り、またある時は市民ニーズを反映した事業実施が目的となったり、人事考課にリンク したりするなど、ちょくちょく行政評価の目的が変わります。この傾向は、決して悪いわけではなく、それはそれでよいと思います(もちろん課題もあります)。


一方で、上記の理由ではなく、なかなか行政評価がうまくいかなくて、変更する場合も少なくありません。うまくいかないのは、行政評価の目的が曖昧からだと思います。 そこで、行政評価をうまく進めるためには、行政評価の定義づけの明確化が重要です。 例えば、〇〇市における行政評価とは「・・・・・・・・」である(端的に明記する)。この・・・・を1行で明記できて、かつ全職員が共有化すれば、きっと行政評価にいい方向に進むと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧